『怪物大陸の王』(リーゼイ・ザナリー)
レビュアー:ダール・ライ
ジュズリードの生物研究者、学芸員。アルナディール博物館長。ジュザ・ナレとの共著である『アルナディールの教科書:最強の捕食者のすべて』は、アルナディールについて学ぶ者にとって最も基本的なテキストとして知られ、現在でも版を重ねる名著として知られる。
緊張のあまり、手が震えて落としてしまった。そんな思い出がある、唯一の本である。
幼年時代、私が学校の図書室でこの写真集を初めて見た時の話だ。
『怪物大陸の王』。いかにも子どもが手に取りそうなタイトルのこの写真集は、世界初のアルナディール写真集として、アルナディール好きなら誰でも知っている伝説的な写真集である。
なお、「怪物大陸の王」といういささか安っぽさを感じるタイトルについては、当時、ルグディール大陸が一般にそう呼ばれていたこと、また、著者であるリーゼイ・ザナリー自身は直球で『アルナディール』と付けたかったのだが、出版社から「そんなタイトルでは売れない」と言われ、仕方なく付けた名でもあるらしいので、そこはあまり突っ込まないで、素直に偉業を称えようではないか。
この写真集が出版された当初、あまりにも巨大で、当時の人々には現実離れした「怪物感」のあるアルナディールの生々しい写真に、読者からは「特撮ではないのか」と苦情や問い合わせが殺到したという。現在ですら、(観察ツアーなどの車中から)目の前で“本物”を見ると、安全だとわかっていても戦慄、動揺を隠せない人が多く、また、「迫力が凄すぎて現実感がない」と言う人が多いくらいであるから、無理もあるまい。
それにしても、今、見ても素晴らしいアルナディール写真集である。リーゼイ・ザナリーの執念というか命知らずぶりにはもう、称賛も呆れも取り越して笑ってしまう。アルナディールを実際に肉眼で見たことのある人なら、撮影者が無事レゴールに帰れたことが信じられないと感じるのではないか。
アルナディールがあの鋭いトサカで木の枝を切り落としている写真なんて、その切り落とされた枝束の下から、見上げるように撮影しているのだ。しかもこれは、遠隔操作カメラでも仕掛けカメラでもなく、自身が枝束に潜り混んでの撮影である(パートナーが離れた場所からその様子を撮った有名な写真がある)。見つかったら確実に死んでいたであろう。最初から最後まで、そういう「命の危険なしでは撮れなかった」ような写真ばかりなのだ。いやはや、とんでもない人物である。
命の危険を感じ(錯覚なのだが)緊張する、そんな体験ができる写真集などそうそうあるものではない。
だが、アルナディールとは、「そういう存在」なのである。
「太古からの咆哮」。大昔から、皆が知っているものをあらわす言葉。
偉大な写真家リーゼイ・ザナリーは、この根源的な畏怖、古来より、教わらずとも人類がその咆哮をきいただけで隠れるべきことを知っていた偉大なる王アルナディールに対し、「観察」ではなく、本能的に感じる「恐れ・畏れ」をこそ、撮ろうとしたのだ。
「世界初」のアルナディール写真集を生み出した人物が、こういう人だったというのは、アルナディール好きには何だか嬉しくなる話ではないか。
アルナディール
ルグディール大陸に生息する、全長20mほどになる超大型肉食獣。古代から、強さや勇猛さの象徴として、武器や防具、建物の装飾、絵画などの題材とされてきており、アルナディールの恐ろしさ、生態系の頂点にいることを表した「獣王は万死の産物」という言葉は、恐らくルグディール文明よりも更に古の時代から伝わってきたとされる。
「獣王」「威嚇知らず」など、様々な呼称で呼ばれてきた。
アルナディールの大きな特徴である、頭部にある奇妙な形をしたものは、角のように見えるため、多くの人に角と呼ばれてきた(現代でもそう呼ぶ人は多い)のだが、実はトサカであり、基本的には、雌へのアピールのための飾りであるが、硬く、また、鋭い刃状になっているので、小さな獲物を素早く仕留める時に、武器として使うこともある。ただし、同種やヴァルドディール類、レルンといった超大型生物相手の場合は、もろすぎてとても戦いの武器にはならないので、使わない。
この「角」は、古来、特にルグディール文明時代では、入手が非常に困難な、希少価値の極めて高いもののたとえになるほどで、もし手に入れれば、平民が他の方法では絶対に得られることのない莫大な富を手にすることができた。
世界横断都列車ルグディール駅前に、世界唯一のアルナディール専門の博物館である、アルナディール博物館があり、骨格や実物大の解剖学模型、実物大アニマトロニクス、アルナディールに関する工芸品や美術品などが展示されている。
