2026-05-13 13:13

『ジーヴァルみたいな奴 ─ 生物観の変遷と言葉の関係』(ディレル・アーティ)

レビュアー:ミュラル・ネドラディス『レルンの背で読みながら』 ナーディル出身の法学者、軍事学者。専門はセレンディール法、特に兵器開発・使用の禁止について。実家の家業はレルン牧場で、レルンをこよなく愛することを公言している。セレンディール法学者を目指すことにしたきっかけは、少年時代、父親に、お前が可愛がっているレルンを昔はスポーツで殺していたんだ、それをセレンディール法が止めたんだよ、と教わったこと。

『ゼーヴル・ディルーズ ─ 「兵器による平等」を目指した男』でヴィーレ・クレグディール賞、自叙伝『レルンの背に乗りながら』でレムン賞(ノンフィクション部門)を受賞。読書日記『レルンの背で読みながら』を人禍記念博物館定期刊行誌や世界横断都列車新聞などに不定期寄稿し、好評を得ている。

「生物カード」の熱烈な愛好家であることでも知られ、特に力を入れてコレクションしているのは勿論、「レルン」のカードとのこと。

『セレンディール法入門の入門』『兵器開発・使用禁止法とは何か』『セレンディール法における「兵器」と「武器」の区別について』『物語 セレンディール法』『レルンの背に乗りながら』など著書多数。

ジーヴァルと言えばとにかく、「タフ」なイメージがある。

環境に対しての適応力がかなり高く、草原、森林、砂漠、沼地など、食べるものさえ確保できる場所なら、おおむねどんな場所にでも適応する。また、背中の盛り上がっている部分に、脂肪と水分、ミネラルなどを蓄えているため、かなりの長期間、食物無しでも耐え抜くことができる。

凄まじいスタミナを誇り、獲物をどこまでも追い続ける。これから逃れ切ることのできる獲物はほとんどいない。「ジーヴァルに追われる」という、時間はかかるかもしれないが、いずれ必ず、追いつかれる、その時がやって来る、の意をあらわすことわざもあるほどだ(「絶対に逃れられるもの=死」の暗喩でもある)。映画などで、悪役のボスが、危機に陥ってもしぶとく追ってくる主人公に対して「このジーヴァル野郎が!」などと叫んだりするのはお馴染みのシーンである。

面白いのは、ヒト以外の生物を重視するようになったセレンディール文明以前では、むしろ逆で、主人公側が、執拗に狙ってくる悪役に対して、「ジーヴァルみたいな奴だ」とうんざりしたように言うというのが定番だったのだ。つまり、ジーヴァルには、悪いイメージが付与されていた。直截に言うならば、嫌悪されていたのである。

他にも、レルンのイメージも同じような変遷をたどった。現在では、レルンは、レムンを守るその生態から、「守護者」「優しき強者」というイメージだが、セレンディール文明以前のレゴールやヴェリアートなどでは、今となっては信じがたいことだが「レムンに利用される愚かな獣」「粗暴な用心棒」といったイメージで語る者も多かったのだ。

本書は、一般人に向けて書かれた、言語学の世界を紹介する本である。上記のような例を挙げ、ある生物に対する人々のイメージが変化することで、同じ言葉でも意味が変化する、など、興味深い話題で、読者を言語学の世界へ旅立たせてくれる名著だ。

法学の観点からも、お薦めしたい。現在ではごく常識的な内容であると我々には感じられるセレンディール法が、いかに世界を変えたのかについても教えてくれる本である。

それにしても、あの穏やかで優しくてのんきで可愛くて勇気があってもふもふで仲間思いで格好いいレルンを、愚かな獣だの粗暴だのと、よく言えたものだ。心底、現代に生まれて良かったと痛感する。

訳注

ジーヴァル

中型の捕食生物。

スカベンジャー(腐肉食)だが、屍肉しか食べないわけではなく、チャンスがあれば小動物を捕食したり、時には群れで大きめの獲物を狩ることもあり、獲物も選ばない。

環境に対しての適応力もかなり高く、草原、森林、砂漠、沼地など、食べるものさえ確保できる場所なら、おおむねどんな場所にでも適応する柔軟さ、背中のコブに脂肪を蓄える能力で飢え・渇きにも強い。 また、異常にすら思えるほどのスタミナと鋭い嗅覚を誇り、弱った獲物をどこまでも追い続けることから、ことわざや民話などでは、「執念深さ」「頑健さ」といったイメージを表すものが多い。

レルン

陸上最大級の草食性動物。非常に暖かく丈夫で肌触りの良い、良質な毛が一頭から大量採れるため、古代から飼育されてきた。

レムンとの極めて緊密な共生関係(レムンがレルンの幼獣の世話をし、レルンはレムンを天敵から守る)が古の時代よりよく知られ、その関係を題材とした神話や民話、詩や音楽、美術や工芸などが作られ賞賛される一方、その生態を利用して、生きたレムンの四肢を切断するなどして苦痛、恐怖の悲鳴をあげさせ、これをきいて凶暴化して向かってくるレルンを銃や矢で撃ち、剣や槍でとどめを刺すことをスポーツと称した、かつては実在したという事実を認めるにも人類として苦痛と恥辱を感じずにはいられない醜悪且つ残虐な蛮行も、セレンディール文明が誕生するまで続けられてきた。

その人禍およびレルンとレムンの関係性が、現在まで続く、史上唯一の世界統一文明であるセレンディール文明誕生の礎となったことを直接表す、あるいは含意することわざが、セレンディール文明誕生以後に生まれたものには多い。

生物カード

世界最古の歴史を持ち、世界最多の発行枚数とコレクター人数を誇る、「最も美しいカード」と称賛されるコレクション用カード。名前の通り、カードの表側には一流の生物画家による美麗な生物画が描かれており、裏面は紫地に、銀の繊細なセレンディール語のフォントで、表に描かれている生物の学名と画家の名、カード番号(カード全体の番号ではなく、固有種ごとの番号と、画家ごとの作品番号)が絶妙な配置で刻印されている。考案したのは、社名の由来でもあるセレンディール文明創始者ラヴェニール。創業者はルーティス・ナルリード。

ラヴェニール・カード社の方針により、全体のカード種数は公表されていないが(“未知”という楽しみを殺ぐことを防ぐ目的としている)、推定では何と1000万を超えるとされる。日々増えていることも相まって、正確な種数を出すことは事実上、不可能と言ってよい。