2026-05-06 13:13

『「復讐の迷宮」は実在するか』(イレク・ライデ)

レビュアー:アズール・エディク 世界横断都列車で生まれ(病院も、世界横断都列車内の病院)、世界横断都列車図書館の司書になり、そこで一生を過ごした名物司書、世界横断都列車図書館長。

蔵書や読書記録を軸とした伝記というスタイルの『○○の本棚』シリーズが読書人の間で好評を博し、現在でもこのスタイルを踏襲したシリーズが世界横断都列車書房の叢書として刊行され続けている。

『我が故郷、世界横断都列車図書館』で世界横断都列車文化賞、『リーヴィル・レスティールの本棚』で、セレンディール図書館賞を受賞するなど、受賞多数。

全く同じタイトルの本が現時点で最低でも366冊ある(セレンディール・ブックデータベースより)。『「復讐の王」は実在人物か』など、概ね同タイトルと言ってよいものも含めるならば、数千、いや、数万はあるだろう。

それほどに、「復讐の迷宮」に惹かれる人が多いということだ。書く側であれ、読む側であれ。そして、売れる(これが大事)。

本書は、その歴史ある定番タイトルの栄えある「始まりの書」である。特にホラーファンの間では「聖典」のような位置づけとなっている。

『セレンディール・ブックレビュー』で、原書初版のレビューを確認すると、想像以上に評価が高い。正直に言えば、近年の同タイトルのものには扇情的な安っぽいものが多いため、恥ずかしながら、本書も似たようなものだという思い込みがあった。意外だったが、本書は一般人向けに書かれたとはいえ、れっきとした民俗学者が、真剣に研究をした成果をもとにしたものである。

著者のイレク・ライデは、ティルトレーズ出身の、ヴェリアートの民俗学者で、幼い頃に聞き、ずっと心に残っていた『復讐の迷宮』が、移住先のヴェリアートの船乗りたちの間でも語られているどころか、海上では絶対にその話題をしないなど(かなり激しく怒られたとまえがきに書いてある)、強い影響を及ぼしていることに興味を惹かれたという。

実際に世界各地をまわり、『復讐の迷宮』あるいはそれに類似した伝説や民話、歴史について徹底的に文献および聞き取り調査をし、世界初となる『復讐の迷宮』に関連する研究論文を精力的に発表し続け、その成果をもとに一般人向けに執筆したのが、本書『「復讐の迷宮」は実在するか』である。

本書は著者や出版元もまったく予想していなかった大ベストセラーとなり、これがブームを起こし、以降、『復讐の迷宮』を題材とした研究や、文学作品や映画、ゲームなどのエンターテインメントなどが急増した。

エンターテインメントなどで、あまりにも王道の題材となっていることから、まるで最初から誰もが知っているものであったかのように錯覚してしまうが、イレク・ライデが、そして本書こそが、その端緒となるものだったのである。確かに「聖典」に恥じぬ書だ。

さてと、『セレンディール・ブックレビュー』で確認したレビュー。どんなことが書かれているだろうか。ご自身で確認してみてほしいが、とりあえず答えを言うと、圧倒的に多いのは、「海に行けなくなった」というものだ。『セレンディール・ブックレビュー』解析システムによれば、83%のレビューに、「海に行けなくなった」に類する記述が含まれているとのこと。

筆者も、読んでみた。

・・・・・・海に行けなくなった。

怖い。本当に怖い。安っぽい扇情的な表現など全く無いのに、いや、だからこそか。「復讐の迷宮」は、史実をもとにした物語であるとしか思えない。そして、科学技術が発展し、航行の安全が向上しているはずの現代、海上で行方不明になる人々の数が、減っていないどころか、人口比で増え続けていること、海以外の、つまり「陸・空」とはその変遷が明らかに異なることなどが、自分でも調べられる数値データで示される。

そして、本書が書かれた当時から、更に時代を経て「科学技術が発展し、航行の安全が向上しているはずの現代」。イレク・ライデの示した分析通り、「海」でだけ、なおも行方不明者が人口比で増え続けている。

「ホラー映画じゃあるまいし」と否定しようとしても、何か薄ら寒くなるような感覚、そしてある疑問を打ち消せない。

「復讐の迷宮」は、伝説通り、広がり続けているのでは・・・・・・?

訳注

『復讐の迷宮』

古の時代より船乗りたちの間で語り継がれ、恐れられてきた伝説。

現代でも、エンターテインメント、特にホラー分野で頻繁に『復讐の迷宮』を題材とした作品が生み出され続けている。特に有名なものとしては、ネーフォル・イーヴィの『迷宮』、ジルア・ザクリーの『人形の世界』などがある。

あらすじ(語り手によっても内容が変化するが、大筋は以下のような内容)

前王を謀殺し、新たに即位した暴虐な若い王の戯れで、前王の親友だった大貴族が永久禁固の刑に処せられ、妻や息子、腹心の部下達は皆殺しにされ、娘達も凌辱された上に殺された。王は貴族に、禁固先の島に自らの財を全て使って宮殿を建てさせ、そこに住むように命じた。そして王位を授けたのだ。最も贅沢な城に住む最も不幸な王を作って遊ぶつもりだったのである。貴族は宮殿を建てた。 

数十年経ったある日、王は、この孤島の王を思い出し、一目見てなぶってやろうという軽い気持ちから、島に来た。中に入るが、誰もいない。部下達に命じて徹底的な捜索を行った結果、地下への入り口が見つかる。王は笑い、中に隠れている哀れな老王を引きずり出してこいと部下に命じて待つが、なかなか戻ってこないので、更に兵士達も投入するが、やはり戻ってこない。業を煮やした王は、自ら残った兵を率いて迷宮に入っていった。 

数十日後、王は生きながらに切り刻まれ、凄惨な拷問を受けたことが一目で分かる無惨な死体となって戻ってきた。王の遺体を運んできた部下たちも全員が発狂していた。王子達は父王を愛していたわけではなかったが、体裁上、大軍を派遣して孤島の老王の討伐を命じた。だが、その大軍もやはり戻ってこなかった。その後も何度か派兵をするが、結局、誰一人戻ってこなかった為、迷宮は入口を封印され、その島に近づくことを厳重に禁じられた。 

その後、王子たちのうちの一人が王になったが、最後の王となった。国が無くなったのだ。ある朝、この王国の港に着いた商船の乗組員たちは、恐怖した。誰もいなかった。王も貴族も民も、一人残らず、消えていた。

いつしかその島の位置は地図からも消え去り、伝説だけが残った。船乗り達の間では、この迷宮の奥では復讐に狂った王がまだ生きていて、討伐隊の兵士達や消えた王国の人々を奴隷にして迷宮を広げ続けていると信じられている。船乗り達は、例えどんなに盛り上がっている時でも、この話を海上で冗談めかして話したりはしない。「復讐の王」に呼ばれ、自分も奴隷にされると恐れているからだ。

『セレンディール・ブックレビュー』

セレンディール図書館が提供する、世界最大のブックデータベース『セレンディール・ブックデータベース』のデータ。名の通り、対象となる本に関するレビューの詳細なデータベース。

レビュアー、そのレビューが書かれた(公開された)日時や媒体、またその本の版(翻訳、時代、出版元その他)など、多角的に調べることが可能となっている。

いわゆる「書評」として書かれたものだけではなく、著者や出版社による紹介文、本(伝記や小説、エッセイ、旋律画など全ての本が対象)や映画、ドキュメンタリー、インタビューなどにおいて、対象となる本について言及しているもの、また、著名人などの日記や手紙などの中で言及されたものなど、収集対象は非常に広く、対象となる本が、人々(社会)においてどのような影響を与えていたのか、などを分析する価値あるデータベースとして極めて高い評価を受けている。

世界横断都列車

名前の通り、動く都と言ってよいほど巨大な列車であり建築物でもある、世界中の人々が憧れ、いつか乗ることを夢にしている、と言っても過言ではない列車。通称「都列車」。

セレンディール文明が誕生するよりはるか古の時代より存在してきた、誰がどのように、こんなものを造り上げたのかが全て謎に包まれている、もはや神話の領域に属するようなこの驚異の乗物と呼ぶべきか都市と呼ぶべきか迷う存在は、世界中でまさに星々の如き無限とも言える数の憧れや夢、ドラマを創り上げ、そこからまた、無限ともいえるほど多くの言葉や文学、絵画や伝説などを生み出してきた。