『希望無き者が生み出した希望』(サナイ・イーゼ)
レビュアー:ニーネル・コムゼ レゴールの裁判官。レゴール中央法学院卒。生物保護活動家。レゴール中央高等裁判所裁判官などを務めた。職業柄、犯罪史、犯罪者などに強い関心を持ち、研究対象としていた。犯罪関連の著作多数。代表作『レムンの復讐者』はノンフィクションの名著として現在でもよく読まれ、ダナト・イルグ監督による傑作『死ね』を筆頭に幾度も映画化されている。
「悲劇のミーリィ研究者」レダム・リズルを敬愛し、彼のミーリィ保護活動を最後まで支援したことでも知られる。レダム・リズルの自死直後、レゴール中央高等裁判所裁判官の職を辞し、生物保護活動家へと転身した。生涯、「何故、レダム・リズルが限界まで追い詰められる前に、こうしなかったのか」と後悔し続けていたという。
主な著書に『優し過ぎた人』『共感してしまう犯罪者事典』『囚人武器図鑑』『レルン狩りは「勇敢さの証明」か』などがある。
究極の不幸とは何だろうか。「究極に孤独なこと」は間違いなくその最有力候補だろう。では、究極の孤独とは何だろうか。これについては、人によって意見は異なるかもしれない。サナイ・イーゼは、「親が最悪の敵であること」と考えた。
それは、彼女自身の経験から、学ばされてしまった結論だった。
あろうことか実父、そしてその父、つまり実祖父に欲望の対象として虐待され、母にも守られるどころか全てお前が悪いと罵られ自らの不満のはけ口として責め立てられ、そこからの救いを求め、保護された施設でもまたそこの職員にも虐待されるという過酷な体験をしたことで強い人間不信に陥り、成人して社会で働くようになった後も、うまく社会に溶け込むことができなくなってしまった。
社会を憎悪し、同時に激しい自己嫌悪にも苦しみ、「外」にも「内」にも、希望がなく、「私は、惨めさだけしか持っていない」。絶望のあまり毎日自殺を考えていたほどに追いつめられていたときに、ジギザイ・アーギ作品に出会った。
生前は絵を描いていることを誰にも知られておらず、孤独死した自らの腐乱死体と共に、ゴミだらけの部屋に積まれていた大量の異様な絵が発見されたことで世界的に知られるようになった、孤独と憎悪、苦しみの画家と呼ばれるジギザイ・アーギ。
駅に貼ってあったジギザイ・アーギの特別展示会の広告を見た瞬間に「この絵を描いた人は私の絶望を知っている人だ」と感じ、すぐにその展示会に行った。そして、そこで知ったジギザイ・アーギのあまりの孤独と壮絶な死に様に衝撃を受けた。
「恵まれた人だけが手に入れることのできる技術」によるものではないその絵、決して「上手い」とは言えないその絵が、多くの人を惹きつけていること、あの「天才画家」ヴェドル・イージアをして最高の画家と言わしめたことにも、かつてない希望を感じた。「世界」は「恵まれた人々だけに関心があるのではない」と知った。
彼女は、虐待、孤独から子どもたちを救う活動のために生涯、戦い抜くと決めた。美術と法の力を武器として。
この決意が、究極の孤独・・・・・・「親が最悪の敵である」子どもたちを、どれほど救うことになったか。その子ども達にとって「希望無き者が生み出した希望」は、サナイ・イーゼによって与えられたものなのだ。
訳注
ジギザイ・アーギ
ガダカイの画家。ただし生前は絵を描いていることは誰にも話しておらず、孤独死した自らの腐乱死体と共に、ゴミだらけの部屋に積まれていた大量の異様な絵が発見され、生前、苦痛と孤独と絶望の中にいたであろうことが容易に推測できる壮絶な死に様も相まって、センセーショナルな報道が繰り広げられ、一気にその名と作品が広まった。
絵は全て安物の紙に描かれており、線を執拗に回転させて画面を埋め尽くすように描いた手法によるものが多い。恐らくだが、一本の線、つまり最初から最後まで線を途切れさせずに「一続きの線」で描いたものと思われる。ほとんど読み取れないが、「目」など、特に強調している部分の周辺にのみ、明らかに文字と認識できる、他の線とは異なる表現があり、一部だけだが、ほぼ確実に解読できたものは全て憎悪に満ちた言葉であったことから、他の「文字」も同様であろうとされている。
日記など、自らについて書いた文章は一切無く、交流も皆無と言ってよいほどだったので、手紙などもない。写真も一切、残してらず、遺体も発見された時にはドロドロに腐乱した状態であったことから、生前の姿は不明。ジギザイ・アーギについては、遺体発見当時に撮影されたゴミや汚物にまみれた部屋の写真や、蔵書、戸籍、通院していた病院のカルテなどの記録(恐ろしいほど多くの種類の病苦を抱えていたことが読み取られる)、そして残された作品からしか得られる情報は無い。
人を不安にさせる様な画風であるが、孤独や病気、貧困などに苦しむ人々の中に、熱狂的なファンが多い。
「仮面の画家」として有名なレゴールの画家ヴェドル・イージアは、「仮面の画家」となる以前に、ジギザイ・アーギの作品についての意見を問われた際に、「幼稚で惨めな作品だ。何故こんなに評価されているのかわからないね」と侮蔑して物議を醸したことがあったが、「仮面の画家」になった後、ジギザイ・アーギに惹かれるようになっていったという。ガダカイ国立美術館などで作品の前にたたずんでいる姿を多くの人に目撃されており、また、作品も何点か購入している。そしてジギザイ・アーギは「真の画家だ」と妻エミル・イージアやケディク・ギーバンなど身近な人間に話すようになったことが記録に残されている。
最後に描いたと思われる作品(腐乱死体の胸あたりの位置にあった絵)の竜野将による再現画
