『消された部族』(ジルーディ・ラーグル)
レビュアー:レムール博物館 / レムール書房「レムールを愛する人のための読書案内」
レムール専門博物館。レムールの数少ない骨格標本や剥製、レムール研究者たちのノート、その他遺品、レムールに関する美術や工芸などを展示している。
「野獣の王」とは、言うまでもなく陸上の最大最強の捕食者レムールに捧げられた称号である。
単独でレムールに勝てる生物は存在しない。幸いというべきか、この、最強の捕食者の個体数は非常に少ないので、人類がレムールに遭遇する機会はほとんどない。更に幸いなことに、レムールにとって、人は魅力的な獲物ではないらしい。恐れているとか厄介ということではない。単純に、匂い、見た目などが、食欲をそそるようなシロモノではないようだ。
そのようなわけで、レムールは古代より人々に恐れられはしてきたが、概ね、その強さ、神秘性、大きさや美しさに対しての敬意を伴った恐れであり、憎悪や嫌悪の対象ではなく、むしろ、崇高な存在として、畏れられてきた。
無論、「安全な存在」であるということでは決してない。レムールは死の象徴でもあるのだ。レムールの怒りに触れれば、抗うすべは無い。「レムールの子を殺せば村が死ぬ」のような言葉が古の時代から伝わっていることからもわかる。記録のあるもので最もよく知られているのは、「レゴールの屈辱」として知られる、大貴族の命によりレムール捕獲の任に当たった軍隊が壊滅させられた事件であろうが、それ以外にも、多くの悲劇が起こっている。
本書は、ラディール大陸北西部の大森林に居住していた一部族であるリーネイク族がレムールを怒らせ、亡ぼされた、野生動物による被害としては最も悲惨なもののひとつとして数えられる事件についての、衝撃の記録文学である。
実は、著者のジルーディ・ラーグルは、「消された部族」最後の一人である。本書の最後、大怪我をしながらも、母親から託された赤ん坊を近隣の部族(ジェルネール族)まで見事に送り届け、息絶えた勇敢な少年は、彼の実兄であった。
その後、赤ん坊はジェルネール族に嫁いだリーネイク族出身の老婦人に預けられ、リーネイク語や慣習なども学びながら育った。この老婦人が亡くなった直後、レゴールに移住し、『消された部族』を執筆したのだ。
『消された部族』はレゴールの文壇に絶賛され、ベストセラーとなった。「亡ぼされた部族の最後の一人」という話題性もあって、著者ジルーディ・ラーグルは一躍、レゴールの大人気作家となった。その後、ヴェリアート語、ティルトレーズ語をはじめ、世界数十ヶ国語に訳され、皮肉なことに、リーネイク族は亡びる前よりも世界で知られるようになった。
原書は、リーネイク語とレゴール語の併記となっている。
本作は現在でも出版されている、唯一のリーネイク語による文学作品でもある。そして今後、増えることは恐らく、あるまい。エレルリーズ書店では、この原書リーネイク語版(原書は、リーネイク語とレゴール語の併記となっていた)も復刊し、常時扱っているし、レムール博物館内にあるレムール関連書籍専門書店のレムール書房でも、値は張るが、ジルーディ・ラーグルの直筆原稿をそのまま書籍化したものを受注生産している。
読めなくても構わない(セレンディール語訳を始め、良い翻訳は多数あるので、内容はそちらで読めばよい)。是非、この亡びた言語で書かれた唯一の傑作を、手元に置いて時折、眺めて欲しい(出来れば『写真記録 リーネイク族 ─ 人々』などと一緒に)。そして聴いて欲しいのだ、リーネイク語の、はるか昔に亡びた言語の響きやリズムを。素晴らしいことに、ジルーディ・ラーグルは、本書その他の、リーネイク語で執筆した著作に関して、全て自ら朗読し、音声を記録した。この音声記録は、レムール博物館、セレンディール図書館、エレルリーズ書店などのサイトから、無料でダウンロードできる。