『ボフリ乗り ─ ラディール海洋民族の通過儀礼』(キール・レヴィルク)
レビュアー:ルージス・グレティール(エレルリーズ書店ブック・レビュー):ラディールの書店員・小説家。エレルリーズ書店の選書専属社員。『竜禍読書日記』でエレルリーズ文学賞を受賞。『竜禍読書日記』の原稿を勤務先のエレルリーズ書店に送付し、家族も残してそのまま失踪している。そしてその後、いかなる生存の痕跡も残しておらず、その行方は現在まで続く謎となっている。『竜禍読書日記』作中の、竜禍が再び起こると警告した「望むいつかは来ないが望まぬいつかは必ず来る」という言葉がよく引用され、現在では他の災害や個人の病気などについても用いられるようになっている。
「ボフリ乗り」とは、レクール族などの、ラディール大陸の海洋民族(複数の部族が同様の儀式を行っており、合同で行うところもある)による、古代から続く通過儀礼である。
その名の通り、成人になったことを証明する為に、ボフリに乗るのだ。柵の中にいるボフリの背中に乗り、脱出する。一定時間、乗っていなくてはならない、ということはなく、とにかく、一瞬でも、確かに乗った、と確認出来ればよい(背中に乗った瞬間に、「成功」とみなされる)。それでも、死者、負傷者が続出する非常に危険な儀礼である。
更に、儀式そのものも危険だが、儀式のための準備も危険だ。儀式のために必要なボフリを無傷で捕獲せねばならない。しかも、対象となるボフリは「最大最強のボフリ」として悪名高いラディールボフリの雄の成獣ときている。私など、近づくだけでも御免だ。
なお、現在ではセレンディール法により、人間以外の生物に対する「利用」(スポーツ目的の虐殺などは論外で極めて重い刑罰が科される)に関して、かなり厳しい制限がかけられている。例え伝統儀式であろうと例外ではないが、全面的に否定しているわけではなく、「ボフリ乗り」に関しては、人間側に死傷者が出ることはあっても、ボフリ側が死傷することはまず無いこと、儀式終了後は無傷で戻されること、儀式に「協力」してもらうボフリの数が生態系に影響を及ぼすことはほとんど考えられないほど少数であることにより、許可されている。
本書は、文化人類学者キール・レヴィルクによる、ボフリ乗りについての研究書である。
長老や古老達からの聞き取り調査、残されている記録やラディールなどの資料による文献調査、そして実際に儀式にのぞむ若者達の、儀式前と儀式を乗り越えた後のインタビューなどを通し、なぜ、この儀式が生まれたのか、そしてなぜ、危険極まりなく、また、時代錯誤とすら言えるこの儀式を現代(出版当時)でも続けるのか、そしてこの「通過儀礼」から学べることは何か、などを深く考察している。
前述のインタビューは、ヴィーレ・クレグディール賞受賞作『通過儀礼を終えて ─ ボフリ乗りをやり遂げた勇者たちの言葉』に、総勢三千人以上にも及ぶインタビュー記録を、全てそのまま(翻訳などによる編集はある)、掲載している。併せて読むことをお薦めしたい。
訳注
ボフリ
巨大な牙が特徴的な、大型の水棲生物。肉食性で、ソウコウリディンなどを捕食する。
非常に気性が荒く、古から漁師やダイバーに恐れられており、「気性が激しい」「凶暴」「乱暴」の代名詞的存在となっている一方、自分より大きなものにも臆せず向かってゆく様が「勇気あるもの」として讃えられ、勇敢さや強固な信念の象徴として、武器や紋章などのモチーフとされてきた。
良くも悪くも「(性格や信念などが)変わらない」ということのたとえとして用いられることが多い。
生物に関連する300万以上もの膨大なことわざを世界中から集めたディレル・アーティによれば、ことわざの数が最も多い生物は、ボフリであるという。その数、なんと30万以上である。ボフリが、どれほど人類の関心をひいてきた生物であるかが、ことわざからも圧倒的な迫力を以て証されている。
ラディールボフリ
