『通過儀礼を終えて ─ ボフリ乗りをやり遂げた勇者たちの言葉』(キール・レヴィルク)
レビュアー:ルージス・グレティール(エレルリーズ書店ブック・レビュー):ラディールの書店員・小説家。エレルリーズ書店の選書専属社員。『竜禍読書日記』でエレルリーズ文学賞を受賞。『竜禍読書日記』の原稿を勤務先のエレルリーズ書店に送付し、家族も残してそのまま失踪している。そしてその後、いかなる生存の痕跡も残しておらず、その行方は現在まで続く謎となっている。『竜禍読書日記』作中の、竜禍が再び起こると警告した「望むいつかは来ないが望まぬいつかは必ず来る」という言葉がよく引用され、現在では他の災害や個人の病気などについても用いられるようになっている。
ラディール大陸の海洋民族たちによる、古代から続く通過儀礼である、ボフリ乗り。あの危険極まりない猛獣に乗った者だけが、一人前の人間として認められる。死者、重傷者の多発するこの儀式に、果たして意味はあるのか。いや、古代からずっと続けられてきたこの儀式には、「何か」があるのは間違いない。だが、それは一体、何なのだろう。
実は著者キール・レヴィルクは、自分を慕って助手にもなってくれていたレクール族の青年を、このボフリ乗りで喪っている。素直で優しく、それでいて行動力のある彼とは、年齢を超えた固い友情で結ばれていた。だから、彼がボフリ乗りに挑戦することには、やめて欲しいという気持ちを持っていた。だが、彼はそれを口に出すような人間ではない。ボフリ乗りは、彼らにとって古代から連綿と受け継がれてきた崇高な儀式であり、これを成し遂げることこそが、人生の最も重要なことであった。これを成し遂げられなければ、誇りを持って生きることはできない。
ついにその日が来た。彼は、見事、ボフリ乗りに成功した。あの、離れた場所で見るだけでも畏怖を感じさせられる「最大最強のボフリ」ラディールボフリの巨大な成獣に正面から突っ込み、ギリギリで巨大な牙の打ち下ろしをよけて首の毛を掴んで、背中に乗り上げたのだ。真正面から突破し、ボフリ乗りに成功した者は、長い歴史の中でも非常に少ない。ボフリは見た目の印象より、非常に敏捷に動ける恐るべき猛獣であるため、大概は横、背後などから向かう。それでも、命懸けである。大歓声が、湧き上がった。キール・レヴィルクも、人生でこれほど大きな声を出したことはないと思うほど、大きな喚声を上げた。だが、直後、悲劇が起きた。背中から降りる瞬間、ボフリが激しく身をよじり、彼は地面に叩きつけられた。カメラを投げ捨て、絶叫をあげながら走り出したキール・レヴィルクが到着する寸前に、ボフリの巨大な牙が、青年の胸部を貫いた。そして彼は、命を落とした。
親友であり、また息子のようにも思っていた青年を喪い、この儀式を憎悪しそうになった。こんな・・・・・・ただ昔から続いてきたというだけで、現代も続ける必要なんてないだろう!くだらないことをいつまで続けるんだ・・・・・・!
だが、レクール族と共に生活をし、そして何より、青年を少年の頃から見続け、共に行動し、語り合ってきて、その人格に深い敬意を抱くようになっていた彼は、心の奥では理解していた。彼らは決して、惰性だけでこんなことを続けてきたのではないと。
血まみれの青年に駆け寄り、涙を流しながら声を掛けた時、彼は笑ったのだ。「見ててくれた?やったよ、やったんだ!」
彼は、喜んでいたのだ。「何か」を得たいと思い、そして、得たのだ。未来を失ったにも関わらず、喜べる何かを。長年、レクール族と共に暮らしてきたキールにも、この「何か」はわからなかった。この「何か」を知るヒントを得る為に、通過儀礼を乗り越えた者達へインタビューを行った。最終的に、3000人を超える挑戦者たちに、聴き続けた。
このインタビュー集をより面白く、また価値をもたらしているのは、「通過儀礼を実行する前」にも詳細なインタビューを行っているということだ。通過儀礼「前」と「後」のインタビューを読み比べることで、「何か」を見つけられると考えたのだ。そうして彼なりに考えたことは、『ボフリ乗り ─ ラディール海洋民族の通過儀礼』にまとめてある。
本書は、著者による分析などは一切、掲載していない。総勢3000人以上にも及ぶ、インタビュー記録を、全てそのまま(翻訳などによる編集はある)掲載している。文化人類学の貴重な資産となる本である。
訳注
ボフリ
巨大な牙が特徴的な、大型の水棲生物。肉食性で、ソウコウリディンなどを捕食する。
非常に気性が荒く、古から漁師やダイバーに恐れられており、「気性が激しい」「凶暴」「乱暴」の代名詞的存在となっている一方、自分より大きなものにも臆せず向かってゆく様が「勇気あるもの」として讃えられ、勇敢さや強固な信念の象徴として、武器や紋章などのモチーフとされてきた。
良くも悪くも「(性格や信念などが)変わらない」ということのたとえとして用いられることが多い。
生物に関連する300万以上もの膨大なことわざを世界中から集めたディレル・アーティによれば、ことわざの数が最も多い生物は、ボフリであるという。その数、なんと30万以上である。ボフリが、どれほど人類の関心をひいてきた生物であるかが、ことわざからも圧倒的な迫力を以て証されている。
ラディールボフリ
