『常響の狂苦』(作者不詳 / 翻訳:リルカ・アルール)

レビュアー:ラダ・カイリー

ジュズリード出身の医者・ルズグ研究者。ルズグ類の持つ多種多様な化学物質についての研究をする傍ら、ルズグが医療分野で多くの人を救ってきた一方、幻覚剤などの材料としても用いられ、多くの人々の人生や命を破壊してきたという歴史にも魅せられ、研究をした。主な著作に主な著作『ルズグと医療の歴史』『治癒と破壊を司る虫』『医者虫と生贄選定者』『ルズグ・ドラッグ』『常鳴り』などがある。

『常響の狂苦』は、ルドルーズ文明時代、鳴り止まぬ常鳴り(訳注:耳鳴りのこと)に苦しみ、狂気に陥った王の伝説を伝承する長編詩である。

由来となった伝説は、悲惨だが美しくもあるものだ。かつて、ルドルーズ大陸全土を支配した強大な文明があった。その中に、民に敬愛された英明な王がいた。だが、この王を、恐ろしい苦痛が襲った。異常なまでに激しい常鳴りである。王は一時たりとも静寂を味わうことができず、夜も眠れない状態に陥った。名医を多数呼び寄せ、治療を行うが全く効果はなく、あまりの苦しみに、耳を落としてくれ、殺してくれと叫び続けるようになった。苦痛のあまり、それから逃れるために、自らの身体を傷つけたりする行為を表す言葉「耳落としの苦」「常鳴りの死苦」はこの事が由来である。

まともな睡眠もとれず、治療も効果は出ず、その苦しみが彼を狂気の迷宮へと誘い込んだ。王は役立たずの医者達の耳を切り落とし、また、この苦しみを本当に理解してくれないとあらゆるものを憎悪するようになり、音楽を楽しむものやおしゃべりをしている者を見つけ次第、耳を切り落とせと命じた。「狂響の凶」と後に呼ばれるようになる惨事である。英明な王は、もはや存在しなかった。人々は恐れ、音楽も会話もやめ、王を取り巻く世界は静寂に支配されていった。だが、皮肉なことに、王自身には静寂は訪れず、それどころか、常鳴りは、これ以上、酷いものは無いと思うほどの苦しさであったにも関わらず、更に激しさを増し続けた。

あとは、死ぬだけ。そして、人々も、それを望んでいた。王自身も、何故、生きていられるのか、いや、生きているのかわからなかった。

いよいよ、すでに超えていたと思っていた限界も超え、死ぬために毒薬を飲もうとした時、来訪を告げられた。ルドルーズ湖近くの小さな部族から来たという女性だった。そして王に、こう伝えて欲しいと頼んだという。タマクルムには、全ての悪いものを穏やかにしてくれるという言い伝えがあります。私と一緒に来て、タマクルムにお願いしてみませんか、もし何も効果が無ければ、私の耳も切り落とし、殺してくださっても構いません、と。

王はこの言づてを聞いた瞬間に、最後の望みを、まだ会ってもいないこの女性とタマクルムに託そうと考えた。必要もないのに自分の命をかけてくれたことで、この女性は自分の苦しみをわかってくれたと感じた。仮に治らなかったとしても、自分は死ぬつもりだが、この女性を死なせようなどとはまったく思わなかった。

女性に導かれ、ルドルーズ湖に着いた。女性は、湖面を指で優しくリズミカルに叩き、王にも同じ事をするよう、促した。王は従い、女性の真似をしながら、湖面を叩いた。しばらく叩いていると、一匹のタマクルムが現れ、王の指の周りを泳いだ。そのタマクルムは、王が叩くリズムと全く同じリズムで、水面を尾で叩いた。王は少し気をひかれ、リズムを複雑にしてみた。タマクルムはそれも見事に真似をしてみせたので、王は面白がって、思い付く限り色々なリズムで叩いた。どれもしっかり、同じリズムを返してきた。

新しいリズムを思い付かなくなった王は、動きを止めてじっと見つめてくるタマクルムを見て、焦った。何故だか、この可愛らしいタマクルムをがっかりさせたくないと思ったのだ。その時、ふと、子どもの頃に歌った歌や聴いた音楽を思い出し、そのリズムで叩いた。タマクルムは喜び、また、同じように水面を打ち鳴らした。王も喜び、どんどん、音楽を思い出し、歌いながら様々なリズムを叩いた。

しばらく戯れているうちに、王は、常鳴りのことをすっかり忘れていたことに気がついた。気がついたら、また鳴り始めてしまったが、それまでより少し、弱まっていた。何より、短い時間とはいえ、確かに、常鳴りのことを忘れていたのだ。あの、激しい憎しみも。王の目から涙が、こぼれ落ちた。

この後は、ご自身で読んでみて欲しい。何故、この物語が古代から伝えられ続けてきたかの答えを、実践を以て知るだろう。今、私がしているように、他の人に伝えずにはいられなくなるはずだ。

ところで、実は筆者も、この王ほどのものではないと思うが、常鳴りには苦しめられた。まさに「常響の狂苦」だった。夜も眠れず、好きだった読書もできなくなり、恐ろしい勢いで体重が減っていき、思考能力が奪われていく。もちろん、研究どころではない。何にも集中できず、それでいて、誰にも聞こえない「常鳴り」が私にだけはまるで殺意を持っているかのように鳴り続け、わずかな時間たりとも意識を外すことができなかった。常鳴りの苦しさを表す言葉の一つに「心殺しの響」というのがあるが、本当に、心を殺されると感じた。そして最後には全てを。

この紹介文を書いていることから察していただけると思うが、今はかなり改善し、以前の生活を取り戻しつつある。不思議な縁と言うべきか、この物語の王に、救いをもたらしてくれるタマクルムのもとへ誘う女性が訪れたように、私のもとにも、タマクルムのもとへ誘ってくださった女性がいた。本書セレンディール語訳を手がけた、そして比類なきクルム研究者として名高いリルカ・アルール氏である。彼女とは以前、生物研究者の集いで少し顔を合わせたことがあったくらいの面識であったが、私が常鳴りで何もできなくなってしまっていることを人づてに聞き、訪って下さった。そして、タマクルムたちのいるルドルーズ湖へと導いてくださり、結果として私の常鳴りは著しく改善した。あの「王」のように、涙がこぼれた。この経緯については拙著『常鳴り』にて詳述している。彼女は、誇張は一切抜きで、私の命の恩人である。あの美しく優しいタマクルムたちも・・・・・・。

訳注

タマクルム

ルドルーズ湖固有種のクルム類。

もともと、丸みのある体型が特徴的なクルム類だが、タマクルムはその丸みがより強く、名の通り球体に近い。

ルドルーズ文明文明をはじめ、ルドルーズ湖、通称「砂海」では、タマクルムは神が愛する生きものとされ、その穏やかで好奇心が強く、友好的な性質から、人類の友として親しまれてきた。

夜になると発光する種が多いことから、古代より宇宙的なイメージを喚起させる存在として認識されてきており、ルドルーズ湖を宇宙、タマクルムを星や隕石などに見立てた表現(「星屑湖」「流星映し」など)が多い。

ほぼ似た球体状の体型に、数万種にも及ぶ、様々な模様や色を持ったタマクルムがいるため、それぞれの種に、模様から連想される事物の象徴(例えば、雷光のような模様を持つイカズチタマクルムは、「雷」「電気」「(人類を雷から守る)守護者」のように)とされ、神話や文学、芸術や工芸、服飾など非常に幅広い分野でモチーフとして用いられ、また「泳宝」「湖中星」「湖泳星」など、古来より多彩な呼び名で親しまれてきた。

ミミモリタマクルム

本作に登場するタマクルム。

「ミミモリ(耳守り)」の名の通り、耳を守ってくれると伝えられてきたタマクルム。何故、耳を守ってくれると思われるようになったのかについては、耳を思わせる特徴的な模様ゆえではないかと言われているが、確かなことはわかっていない。